僕と世論

資本主義とじじいどもに喝をいれたい。

エアーハラスメントなるものを思いついた僕

古くて新しいハラスメント

 

この世に様々なハラスメントがある。初期のころはセクハラやパワハラ。このごろはマタハラなんてものがでてきている。これは、社会の変化や一般人の考え方の変化で生まれるわけだ。これが正しいのであれば、他にも新しいハラスメントが生まれる可能性があるわけだ。そんなわけで、僕はエアハラを思いついた。

 

#ハラスメント=嫌がらせ、人を困らせる事

 

エアーハラスメント、略してエアハラ

 

この世には空気を読むという言葉がある。雰囲気に合わせるといってもよい。実際このほうが物事はうまく進む。しかし、明らかに異なった考え方に、空気を読んで合わせてはいないだろうか?この場合、空気を読むという言葉は適切ではなく、空気を読まされるといったほうがよいだろう。僕はこれが一種のハラスメントだと思っている。名付けてエアーハラスメントである。

 

例えば

 

あなたは会社で、先輩が残業中に先に帰りづらくはないだろうか?

飲み会の誘いを断りづらくはないだろうか?

なにもいわれていないのに有給休暇をとりづらくはないだろうか?

産休をとりにくくはないどうか?

 

問題点

 

これらは当然の権利にも関わらず、なぜか行使しにくい。

会社の中の慣習や空気によって抑止されているからである。

しかし、使用者側はなにもしていない。そして労働者もなにもしていない。

だれもなにもしていない。ただ単に空気を読んだ結果である。

つまり、権利を阻害している主体がいないのである。

なぜなら空気は、その場にいる全員で作っているからである。

空気であるが故、改善するのが難しいのも問題点である。

 

責任の在処

 

権利を阻害している主体がないといっても、だれにも責任がないわけではない。

職場の空気を適正に保つのは使用者の責務である。

空気を容易に変えるのは難しいかもしれないが、試行錯誤はするべきだろう。

 

解決策

 

まず「空気を読む」ということを見直した方が良いだろう。職場の空気が法に触れてしまう現状を見直す必要がある。そのために以下の二つを実行したい。

1 一定の法律知識をもつこと

2 法を犯すことと、慣習を守ること(空気を読むこと)を比べ、

  どちらを優先するかを考えること

 

まとめ

 

この世には、ときにはよくわからない力が働いているときがある。

ぼくはそれに名前を付けて、みんなにわかりやすくしてみた。

 

どうでしょう?